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18巻

18巻の情報来てた!204ページってことは230話まで収録?前巻続きの218話から最新231話までだと各話合計だけでも210Pなので…
あとがき漫画もありそうで嬉しいけど読むのドキドキする~

いつもの単行本より少ないP数だし、231話と比べて引きが強い終わり方の回でもないので何らかの調整でやってそう。こういう、単行本スケジュールや収録話数の決定権は角川側に委ねられてるんだろうか。あーでもP数が少ないのは描き下ろし漫画がないだけで、収録話数的には230話まで=13話分で普段の単行本と同じになるのか なら特に調整ってわけでもない?何にせよ楽しみ~

表紙とかで久々に先生の描くボッジとカゲが拝めるのかと思うとそれだけで幸せです。ありがたや

あらすじで「騎士・ボッジ」って書いてあって新鮮。今の肩書「騎士」なんだなー そういえばそうだ。なんかいつまでも王子様だと思ってしまう

Trick or Treat!🎃

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「ハロウィンに似ていて翻訳でもハロウィンと訳されるけど地球のハロウィンとは関係ない、王ラン世界のとある地方に伝わるお祭り」みたいな感じ。ハロウィンて新しい年の前日、日本でいうところの大晦日の日程ということなので、年末年始の帰省も兼ねて、諸国漫遊の旅の途中で出会った愉快な風習とともにサプライズでボッス国に顔を出すボッジのつもりで描きました。ミツマタはボッジの帰還に気づいていたけど、サプライズをしたいボッジたちの気持ちを汲んでベビンにしか伝えない。とか考えたけど、ミツマタ、知らなかったふりして驚くの下手そう。

かぼちゃの中身はダイダ様がおいしく召し上がりました。

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ツリビレのアクスタダイダ、別にハロウィンネタじゃないのに紫の服とかぼちゃでハロウィンみがあってこの時期に飾るのに最適。

巨人族の赤ちゃん

ボッジはたまたま小さい体躯で生まれたからよかったけど、通常サイズで生まれた巨人族の赤ちゃんを人間がお世話するの難しそう。普通の乳母さんたちには無理でしょ。無邪気におもちゃにされたら命にかかわる。たとえお世話する立場になくても、近所に住んでるだけでヒグマ並みに出会いたくない気がする、巨人族幼児。他にも住居サイズや食糧問題などもあって基本的に巨人族と人間の居住区は別々なんじゃないかな。

ボッスは願いの代償とはいえあそこまで小さい子が生まれると思っておらず、非力な巨人族の赤ちゃんが生まれることを想像していたとしたら、シーナさんが産後落ち着いたら旅立つつもりだったのかも。それがボッジの姿を見て初めて「私の旅はここで終わりだ」になった可能性がある。人間サイズの子が巨人たちの中で生きていくのもまた大変そうだから、生まれた時から人間のコミュニティの一員にさせるのは賢明な判断だとつくづく思う。そしてボッジとダイダって、ボッジが小さく生まれていたから幼児時代にどんぐり投げ合ったりして一緒にじゃれあえたんだと気づく。尊いね…

ブログ再開

王ランに沼ってすぐの頃作ったはいいけどすぐ放置して非公開にしていたブログを再開させました。随所から懐かしい香りがする。ブログと言っても99%Twitter改めXのコピペで出来ています。まだ去年と一昨年の数ヶ月分がサルベージ終わってないけど、非公開のままだといつまでも作業しなさそうなのでここらで公開することにしました。

Xには引き続き最新の絵や感想を投げていきます。ここは週一ぐらいでXのログをまとめる場所という位置づけ。時間に余裕があれば思いついたネタを補足したり掘り下げたりしたいけど、あんまりやってると絵を描く時間が減るのでほどほどに。Xの文字数制限や編集不可なところは不便な時もあるけど、時間の節約には一役買ってくれているかも。

せっかくなので他WEBサービス(ふせったーぷらいべったーポイピク)に散らばっていた感想やワンクッション絵の投稿場所はサイトに一本化する予定です。

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昔の絵と文を見るのはむずがゆくもあり思い出がよみがえって楽しくもあり…今だったらちょっと考え方が違うかな?と思うこともあれば、もうめちゃくちゃわかりみしかないこと言ってたりもする。絵の未熟さなんかは古ければ古いほど目を覆いたくなる。文も絵も直してるとキリが無いので心を無にして投稿してます。これはただの過去ログ… それでもネタ系の一枚絵や漫画だと気に入ってるものもあるのでやっぱイラストよりもっと漫画を描こうと思った。

公式供給が定期的にあるときは自然とそれに合わせたものを優先的に描く日々になるんだけど、何もないと描きたいものの優先順位をつける基準がなくて、思いついたものを描きはじめる→描き途中に別のネタを思いついて描くを繰り返して中途半端なファイルが大量にできてしまって困ってる。描き始めてるならまだ良くて大抵は描くまで至らず脳内で渋滞しているだけだし。優先順位つけてちょっとずつやっていこう。大丈夫、時間がかかって当たり前だ。ゆっくりゆっくり、徐々に徐々に…(創作応援ミランジョ)

強くなれない星の下

ドーマスの「強くなれない星の下に生まれているんだ」っていうボッジを哀れむ言葉、己に言い聞かせているようでもあり味わい深い。何気に当たってるところも。あとボッジの才能を初めて目の当たりにして驚いた後なのにこういう結論に帰って行ってしまうところ。言い聞かせてきた年月を感じてしまう。お前お前お前~ ドーマス自身はあんまり運命論で生きてなさそうなのに…

この台詞や、153話で一緒の道を進むことを「奇跡」と言ったりするドーマス、確かに台詞をそのまま受け取れば、運命を肯定してるよう。だけど、自分にはどうしても、裏に諦めが見え隠れしてるように見えてしまうので。本当はどこまでも自分の力で道が切り開けると信じたいのに、自信が揺らぎそうなとき、自分で歩むことが怖いとき、「運命」のせいにする…そうやって大人になってきたドーマスだったら、何年も芽が出ずとも自分の運命を受け入れない、諦めないボッジが幼く感じるしまぶしくもあるんじゃないかと。「王命」も自分の力では抗えないものとして同様だったり?とも考えた。

…なんかドーマスに対してだいぶフィルター厚いというか夢見がちになってる気がするけども。

本当に強くなれない星の下に生まれていたのに強くなったボッジが、今後また運命という言葉で諦めそうになったドーマスを奮い立たせる存在になってくれたらと思う。

牙を向ける

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ヘビ使いって英語で「snake charmer」なんだと宝箱の日めくりカレンダーで知った。「tamer」でなく「charmer」ってえろい 魅了魔法か?ミランジョと静かに対立していた頃もあったベビンだけど、「ヘビ使い」の一般的なイメージは魅了魔法やゴーレムが得意な魔女とけっこう近いのかと思うと面白い。じっさいベビン、当人の魅力でミツマタに懐かれてて、種も仕掛けもないので最高。

ベビンのヘビたちはよく懐いているから主に牙を向けることなさそうだけど描いてみた。懐かれなくても可愛がってそう

ベビンとミツマタのことCPとして見ることが多いから、実は手下ヘビとあんまりベタベタさせるのベビミツ・ミツベビ的にどうなのかと描きながら心配したりもする。ミツマタは身体が大きい上に、城内で大っぴらにされてる存在ではなさそうなので、ベビンに触れたくても自由に触れられないだろうし。

でも手下ヘビのことミツマタの分身のようなイメージで捉えている(孫悟空とその分身のような)ところもあるせいで、普段ミツマタができそうもない触れ合いを代わりに手下ヘビとベビンで描くか…となり、ミツマタとベビンを描く時はせっかく並べて描くならイチャイチャさせるか…となり、若ベビンとミツマタを描く時は手下ヘビがいなくて大きさも手ごろな時代だから思う存分スキンシップさせるか…となる。

あとミツマタは同胞が愛されてると嬉しいはずだし、ベビンもミツマタへの愛情の派生でヘビ全般を可愛がってしまう人な気がする。

ボッス国 建国20周年

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もしも同じ歳だったらエモいな~という妄想。旅立つときのボッジの様子を知っているのはベビンを問いただして聞いたため。

実際どちらも十代後半の頃だったんではと思う。こないだ長髪ドーマス描いたし、ここからボッジの国に仕えることを決意して髪伸ばし始めるドーマスでもいいなと思って今回は短髪で描いてみた。
それにしてもハタチのボッジ様、数年後のはずなのにまったく実感わかない…

ドーマス過去設定、山育ちってところばかり擦りがちだけど「都会に憧れ」っていう部分もめちゃくちゃ好き。たぶんその頃は他国と比べると都会ってほど栄えた国ではなかったと思うんだけど、ドーマスが住んでた土地と比較すれば十分都会だったんだろうな。あと憧れのボッス様がいる(最重要)
自国の都会な地域に行かないってことは憧れ度合いでは都会<<<<<<<<ボッス様でしょ

都会への漠然とした憧れが元々あったところに、憧れではあるものの「世界を渡り歩く最強の巨人」という現実感の薄い存在だったボッスが建国したと知って、居ても立ってもいられなくなったドーマスだったのかもしれない。会いに行ける推し。

ボッジが王様になったらホクロとド―マスにはぜひともお仕えしてほしいんだけど、国を離れがたいのが、ボッス国で背負ってるものが大きいド―マスよりも、あの土地で生まれ育った(妄想設定)ホクロだったりするかもしれない。

ボッジ王国騎士叙任式

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ドーマスもう剣を左手持ちするようになったんだね?

ボッジの中のダイダ王

日めくりカレンダー、ダイダいっぱいいる!3日だけかと思ったら24日もダイダ王で嬉しい。この宝箱6話Bパート冒頭の「ボッジが想像したダイダ王の姿」、一期最終話から流用されたカットなのに公式のあらすじページやらグッズやら色んな所で使われてるのはなぜ?

A.このダイダからしか得られない栄養素があるから

というわけで栄養素を具体的に考えてみた。
一期最終話の時点ではあくまでボッジの想像の中の「色々経たことで王の資質を得たダイダ」の姿。宝箱6話Bパートはその想像が現実になった後、しかもボッジが自分と比較して恥じるような輝かしい王様像ではなく、思い悩み周りに支えられして進むダイダの話だから、新規カットでもボッス没後すぐのダイダ王のカットでもなく、このカットをBパートに持ってくる意味がめちゃめちゃあるわけだ。ボッジ王のAパートから繋ぐという点でも「あの時ボッジが想像したダイダ」はこれ以上ない素材。単なるコスト削減のための流用じゃないんだね…

実は最初あらすじやグッズに使われているのを見て、なんで他にもカットはあるだろうにわざわざ一期の絵をと思ってたんだけど、一期と宝箱、ボッジとダイダを繋ぐ、宝箱で流用されたことにより大きな意味を持ったカットだからこれは確かに宝箱6話のカットでもあると気づいた。もともと原作でもアニメでも好きなひとこまだったけど意味を見出してますます好きになってしまいます少年王万歳。ボッジの中ではあの想像時のままダイダは立派な王様であり続けてそうなのも良いなあ…

なでなでタイム

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